ウブドを歩いてると、まるで祭礼のように華やかな葬列に出会うことがあります。
日本の葬儀とは雰囲気が大きく違い、初めて見ると「これは見ていてよいのだろうか」「写真を撮ってもよいのだろうか」と戸惑ってしまいます。
ウブドにはこれまで20回近く訪れ、ここ15年ほどは毎年のように3〜4週間の長期滞在を重ねてきました。それだけ通っていると、観光だけでは出会えない場面に立ち会うことがあります。
私たちにとって忘れられないのが、10年近く前に滞在したときに準備段階から見ることのできた、王家の葬式プレボンでした。
白と黒、二頭の神聖な牛をかたどった棺が群衆の中に現れた瞬間。前夜、王宮の中庭で蝋燭の光の下に静かに始まった舞踊。最初はただ圧倒されるばかりでしたが、その光景の意味を、あとから少しずつ知っていきました。
この記事では、私たちが実際に見てきたバリの葬式ガベンについて、観光で訪れる方にもわかりやすくお話しします。
ガベンの意味、準備から前夜、当日の流れ、見学するときのマナーや注意点まで、私たちの体験をもとにまとめます。
*記事内の情報は2026年4月時点のものです。葬儀や祭礼の内容、見学できる範囲、マナーは地域やその時の状況によって異なります。現地の案内や宿泊先の情報を確認しながら、敬意をもって見学してください。
バリ島の葬式とは?死を「旅立ち」と捉える考え方
バリ島の葬式は、日本でイメージする「別れの場」とは少し異なり、魂が次の世界へ向かうための大切な通過点として行われます。
火葬によって魂を天へ返すバリ・ヒンドゥー教の死生観
葬式は「悲しむ日」ではなく、「新たな命の再生を祈る儀式」。肉体はこの世での一時的な“器”にすぎず、火によって浄化され、魂は高みへと導かれるとされます。
バリ・ヒンドゥー教では、人の魂は何度も生まれ変わると信じられています。
一般的な葬儀「ガベン(Ngaben)」
バリ・ヒンドゥー教における一般的な葬儀「ガベン(Ngaben)」は、故人の魂を天へ導くための大切な儀式です。
竹や木材などで作られた塔「バデ(Bade)」に棺が安置され、村人たちが音楽と祈りを捧げながら火葬場へと運びます。
葬儀には多くの人手と費用がかかるため、亡くなってすぐではなく、準備が整ってから行われることもあります。その間、遺体はいったん埋葬されることがあります。
街歩き途中で出会ったガベンの葬列
ある日ウブドの通りを歩いていると、どこからともなくガムランの音が聞こえてきました。
近づくにつれて、正装をした人々の列がゆっくりと進んでくるのが見えました。花やお供え物を手に、笑顔で語り合いながら歩く姿は、祭礼の行列のように華やかでした。
横にいた現地の女性に尋ねると、「ガベン」と教えてくれました。突然現れた葬列に、いつもの日常が少し遠のいていくような、不思議な時間が流れていきました。
村人総出で支える“合同葬儀”「ガベン・マサル(Ngaben Masal)」
葬儀の準備には多額の費用と人手が必要なため、村単位で複数の故人をまとめて火葬する「ガベン・マサル(合同葬儀)」も行われます。
私が滞在したプンゴセカンの近くの村では、数年に一度、広場いっぱいにバデが並び、村中が祈りと音楽に包まれていました。
王家の葬式「プレボン(Pelebon)」
王族が亡くなったときに行われる特別な葬儀がプレボン (Pelebon)です。
ウブド中心に位置するプリ・サレン王宮 (Puri Saren Ubud)では、王家の血を引く人々が今も伝統を守って暮らしています。
彼らが亡くなった時に行われるプレボンは、神聖な「祭礼」として多くの人々によってとり行われます。王族の死は、「神のもとへ帰る祝福の旅」です。
そのスケールは一般の葬式に比べものになりません。ウブド全体が祭りの渦に巻き込まれたようです。
ガベンとプレボンの違い
- ガベン=一般の魂を天へ送る儀式
- プレボン=王家の魂を神へ還す特別な祭礼
| 項目 | ガベン(Ngaben) | プレボン(Pelebon) |
|---|---|---|
| 対象 | 一般の人々 | 王族・王家関係者 |
| 規模 | 村単位 | ウブド全体規模になることも |
| 費用 | 家族または村で負担 | 王家・地域全体 |
| 塔(バデ) | 数メートル~十数メートル | 数十メートル規模になることも |
| 行列の人数 | 村人中心 | 数千人規模になることも |
| 前夜の儀式 | 村により異なる | 奉納舞踊(ワリ舞踊)が行われる |
| 雰囲気 | 祝祭的で賑やか | 神聖さと荘厳さが際立つ |
ウブドで体験したプレボン準備から前夜まで
ウブドのテガルサリ(Tegal Sari Accommodation)に長期滞在していると、様々な祭礼に出会います。10年近く前に滞在したときは王家の葬式プレボンを準備段階から見ることができました。
王宮近くで始まった壮大な準備風景
ある朝、プリ・サレン王宮 (Puri Saren Ubud)近くを散策していると、多くの地元の人々が集まっていました。通りにいた人に聞くと、プレボンの準備をしているということでした。
王宮横の Suweta通りは交通が遮断され、普段は観光客やバイクが行き交う場所が、地元の人たちの真剣な表情と作業の空気に包まれていたのが印象的でした。
巨大な塔バデ作りと準備期間の見どころ
王宮前の通りではバデの組み立てが始まっていました。大勢の男性たちが集まり、竹や木材を肩に担いで次々と運び込みます。動きには無駄なく、息を合わせて骨組みを組み上げていく姿は、幾度も重ねて来た経験があるからこそと感じました。
バデは、故人の魂を天へ送るための象徴的な存在です。金色に輝くその姿から、バリの人々の信仰と誇りが伝わってきました。
私たちが見た王家のものは、高さ数十メートルにも及んでいました。

どのようなバデになるのか、制作段階から目を奪われました。
午後には塔の全貌が現れ、金箔を貼る人、布を巻く人、細部を整える人で大賑わい。太陽の光を受けて輝くその姿は、まるで命を持って立ち上がる神聖な存在のようでした。
死は終わりではなく新たな旅立ちとするバリ。その象徴であるバデは、彼らの信仰と誇りが詰まった「天へと続く道」そのもののようでした。

バデを完成させるための巨大な足場が白く塗られるなどしているのも印象的
女性たちが、次々と正装姿でお供えの入ったソカシ(竹や柳で編んだカゴ)を持ち寄る姿もありました。

正装をした女性たちがお供えを持ち寄っていました。
舞の練習
王宮の前では、子どもたちが舞の練習をしていました。男の子たちは勇ましく構え、女の子たちは指先まで神経を行き届かせながら、優雅に体を動かしています。

練習とはいえ、サロンを巻いて真剣な表情

子どもながら、指先まで神経を行き届かせての練習
どの子もすでにしっかりと型を身につけており、今にも大人たちに代わって舞台に立てそうなほど。その真剣なまなざしからは、日頃から積み重ねてきた練習の成果が伝わってきます。
伝統がこうして次の世代へ受け継がれていく——その光景を前に、バリの文化の息づかいを肌で感じました。
プレボン前夜|ワリ舞踊と奉納の祈り
ワリ舞踊とは|観光公演とは異なる祈りの舞
静かなガムランの調べが響くなか、舞台に立つのは選ばれた舞踊家たちです。多くの観光客も取り巻くなか、王族関係者や村の代表者が参列していました。
バリスとレゴン|魂のために舞われる踊り
夜が更けるころ、「バリス(Baris)」という勇壮な舞が始まります。男性舞踊家が槍を手に取り、故人の魂を守る戦士のように舞う姿は圧巻です。

魂のこもった見事なバリスの舞
続いて登場するのが「レゴン(Legong)」の少女たち。金の冠をかぶり、静かに目を伏せ、指先まで神聖な祈りを込めて舞います。まるで魂を天へ導くようなその動きは、舞踊公演で見るものとは違った壮麗さでした。

舞踊公演とは違った、華麗で荘厳なレゴンダンス
厳粛な空気の中で繰り広げられる舞は、「バリの舞踊は、本来“祈り”である」ことを改めて感じさせてくれました。
最後に僧侶が祈りを捧げ、ガムランの音が静かに止むと、夜の王宮に深い静寂が訪れます。この奉納舞踊は、翌日の葬儀が滞りなく行われるよう神々へ願う「前夜の祈り」です。
▶︎ スマラ・ラティ舞踊団の見どころ・席選び・注意点
プレボン当日|ルンブーと巨大バデの行列
翌朝、太陽が昇ると同時に数千人ほどにも見える人々が王宮前に集まっていました。お供えを用意して参列のために待機する女性や子どもたち、祈りを捧げる男たち。
見たこともない数の、お供えの入ったソカシ(カゴ)に、人々の思いの深さが伝わってきます。
ルンブーとバデが進む壮大な行列
やがて、多くの群衆が集まっているところに現れたのは、白と黒、二頭の神聖な牛をかたどった棺「ルンブー (Lembu)」。竹と紙、布で精巧に作られ金色の装飾をまとい、魂を神々のもとへ導く“天の馬”を象徴しているのです。
その後を、男たちの手によってゆっくりと持ち上げられた巨大なバデが続きます。
棺を乗せた塔が揺れながら進むたび、歓声と祈りが入り混じり、私の隣では、現地の年配の女性が、静かに手を合わせていました。葬列は延々と続いていました。

ルンブーがバデを先導

黄色いバデが、白い正装姿の人々囲まれるように進み、厳かな空気が漂っていました。

葬列が延々と続きました。

巨大なバデ(塔)は20m以上あります。そのバデが通るため、邪魔になる電線は一時的に切断されていました。その影響で周囲のショップは停電となり、しばらく営業を止めていたほどです。それほどまでにこの儀式が地域にとって重要で神聖なものなのだと、深く納得させられました。
火葬の瞬間|炎と魂の帰還
火葬場に着くと、塔の上から棺が静かに降ろされ、白い牛をかたどったルンブーの中へと移されました。僧侶の祈りの声が響き、やがて火がともされると、炎がゆっくりと空へ向かって立ちのぼっていきます。
その瞬間、ガムランの音色が再び流れ、参列者の手から花びらが舞い上がりました。炎、祈り、音、香り――それらすべてが溶け合い、空へと昇っていく光景は、ただ静かに見守るしかないほど神聖で、美しいものでした。
バリの人々は、この炎を通して魂が天へと帰ると信じています。そこに涙はなく、代わりに穏やかな微笑みと祈りをもって、静かに別れを告げる――それが、バリの「送りかた」なのだと思いました。
▶︎ 儀礼や行列の見学では、人混みの中を歩くこともあります。足元や交通、急なトイレが心配な方は、こちらの記事も参考にしてください。
ウブドの街歩き|足元・交通・夜道の注意点と安全に歩くコツ
ウブド のトイレ事情|紙・有料・場所の基本と対策
葬送儀礼を通して見えた、バリの祈りと生き方
私がこの葬儀を通して感じたのは、「死を恐れない強さ」と「祈りとともに生きる美しさ」です。
どんな立場の人でも、最期は自然へと帰り、再び新しい命へと生まれ変わる――。
それは宗教を超えて、人としての「生と死」のあり方を教えてくれるようでした。そして、ガムランも舞踊も、祈りそのものだということを強く感じました。
奉納舞踊を含む一連の葬送儀礼を経験し、これまでとは違った思いでバリ舞踊を観るようになりました。華やかな観光の舞台ではあっても、人々の祈りや死者への想いの中で踊られる姿には、静かな重みがありました。
この儀式をはじめ、ガルンガンやクニンガン、日々の供物や祭礼を間近で見てきたことで、「バリは祈りの島」と言われる意味が、少しずつわかってきたような気がします。
観光客が見学する際に心がけたいこと
華やかな行列や音楽に目を奪われますが、その本質は故人を見送るための大切な祈りの場です。以下のようなことに気をつけながら、静かに見学したいと思います。
■行列の進行を絶対に遮らない
塔やルンブーの前を横切らない。大きな塔を大勢で担いで移動する場面では、周囲はかなり慌ただしくなります。進行方向を妨げると危険につながることもあります。
■フラッシュ撮影・三脚は避ける
祈りの場では光や大きな機材は不適切。特に読経や祈りの最中は、フラッシュが光ると、静かな空気を壊してしまうことがあります。
■笑顔で騒がない
祭りのように華やかでも、その中心にあるのは祈りの時間。その空気を静かに感じる気持ちを大切にしたいと思います。
▶︎ 人混みでは、スマホやクレジットカード、パスポートの紛失にも注意が必要です。事前に対策を知っておくと、慌てずに対応できます。
バリ島でカード・スマホをなくしたら|最初にやることと支払い対策、困らないための準備
バリ島でパスポート紛失!帰国までの手続き手順と渡航書・再発行の選び方
バリ島の葬式・プレボンQ&A
葬式やプレボンは、地域の人々が大切に受け継いできた祈りの時間であり、その空気を壊さないよう心がけることが、一番自然な関わり方になるように思います。
▶︎ バリ島の正装と服装・観光マナー|寺院参拝・行事で失礼にならない基本
ウブドで出会う魂の旅立ち
ウブド王家の葬式「プレボン」、その前夜の奉納舞踊、そして翌日の火葬。それは単なる儀式ではなく、バリの人々が千年の時を超えて受け継いできた魂の哲学の結晶です。
炎に包まれながらも静かに微笑む人々の姿に、私は改めて「生きる」という意味を考えさせられました。
ウブドを訪れる際、もしこのような儀式の機会に出会えたなら、どうか一歩離れて、静かに手を合わせてみてください。その瞬間、バリという島が持つ「生と死の美しさ」が、きっと心に届くはずです。
▶︎ バリの祈りと暮らしカテゴリー一覧
ウブドにはこれまで20回近く訪れ、ここ15年ほどは毎年のように3〜4週間の長期滞在を重ねてきました。滞在を重ねる中で見えてきたのは、短い観光では気づきにくいバリの姿です。夫婦でウブドに滞在しながら感じたことを、できるだけそのままの感覚でお伝えしています。


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