ウブドの夜を彩る舞台との出会い
バリ島・ウブドは「芸術の村」として世界中の人々に愛されてきました。夜になると寺院や王宮で必ずどこかの舞踏公演が行われています。ガムランの音色が流れてくると、自然とその会場へ吸い寄せられていきます。
数ある舞踏団のなかでも、特に観光客に人気が高いのが『スマラ・ラティ(Semara Ratih)』です。初めて観たときには、ダンサーの視線やガムランの響きが観客一人ひとりを物語の世界に引き込むのを感じました。
個人的な体験だけでなく、多くの旅行者から「感動的」と評価されている舞踏団です。
今回は、スマラ・ラティの歴史や魅力、そして公演の楽しみ方について、私自身の体験談も交えて詳しくお伝えします。
スマラ・ラティとは|結成の歴史と特徴
スマラ・ラティは1980年代後半に誕生しました。創設者は、バリ舞踊の巨匠でありバリス舞の名手として知られるアノム・バリス氏。
氏はバリ国立芸術大学(ISIデンパサール)の卒業生や、当時まだ無名ながらも才能にあふれた若手演奏家や、舞踏家を集め、「伝統を守りながら新しい表現を模索する舞踏団」をつくりあげたのです。
バリ舞踏は本来、寺院の儀式や村単位(バンジャール)での奉納芸能として行われます。王宮などに出演する舞踏団は全てバンジャール単位で組織されています。
アノム氏は、古い習慣にとらわれず、芸術性そのものを追求できる集団を目指しました。当初は観客も少なく、地域の人々から「なぜ奉納以外の舞台を行うのか」といった声があったそうです。
つまり、スマラ・ラティは伝統を守りつつも新しい舞台芸術の形を模索した先駆的な存在でした。
私が創設当初からの奏者から聞いた話では、「観客が10人来れば大成功。雨が降れば公演は中止、楽器を運ぶだけでも一苦労だった」と笑って語ってくれました。その必死さと同時に、ゼロから文化を育ててきた誇りも感じられました。
いまや、世界各国の舞台に招かれ、ウブドを代表する舞踏団へと成長。スマラ・ラティを目当てにウブドを訪れる旅行者もいるほどです。
伝統を守りつつも、時代に合わせた演出を取り入れており、観光客にも分かりやすく、かつ奥深い舞台を提供してくれます。
初めて観たスマラ・ラティ公演|忘れられない体験談
初めてスマラ・ラティの舞台を観たのは、ウブド中心部から少し外れたクトゥ村の集会所。夕暮れとともにランプが灯され、椅子が並べられただけの簡素な会場でした。
開演30分前にはすでに前方席は満席で、すでに熱気に包まれていました。
照明が落ちた瞬間、静まり返った客席の後方からガムラン奏者が楽器を奏でながら登場。音色が次第に近づいてくると胸が高鳴っていくのを感じました。その後に煌びやかな衣装のダンサーが続くのをみた時、胸の高鳴りを抑え切れず、隣の夫と顔を見合わせてしまったのを覚えています。
アノム氏の力強くも神秘的なバリスの舞、夫人アユ氏の優雅で切れ味のある踊り、奏者同士が楽しそうに掛け合う姿。何度見ても魅せられてしまいます。
そして初めてガムランだけのオリジナル楽曲を聴いたのです。体のなかにリズムが刻み込まれていく、まるでジャズのような演奏で、帰り道でもずっと余韻が残り、体が自然と揺れていました。
舞踊とガムランの融合|何度観ても新鮮な魅力
スマラ・ラティの最大の魅力は、舞踊とガムラン演奏の絶妙な融合にあります。戦いの場面で太鼓の音が胸を突き刺すように響き、恋物語のシーンではダンサーの切ない表情に胸が熱くなります。
同じ演目であっても、日によって演奏の熱量や踊り手の感情表現が変化するため、何度観ても新鮮で、新たな感動があります。
舞踏公演では珍しく、ガムラン演奏者たちも実に表情が豊かです。互いにアイコンタクトをとったり、微笑みを交わしたり、時には掛け合いでダンサーと一緒に体をゆらしたり。
舞台全体が生き生きとしていて、他では決して味わえない胸踊る雰囲気があります。
衣装と化粧の美しさ|舞台裏で見た素顔
スマラ・ラティの舞台では、衣装や化粧の美しさも見どころ。金色の冠、鮮やかな布地、そして細部にまで施された装飾。ダンサーが舞台に立った瞬間、観客は神話の世界へ引き込まれてしまいます。
ある時、踊りを終え楽屋に戻ったダンサーを見かけたことがあります。汗を拭きながら化粧を落とした素顔は普通の学生のようで、舞台上とのギャップに親近感を覚えました。
舞台の上では神の化身のように見える彼女たちも、一人の少女。そうした一面を知ることで、さらに舞台への敬意が深まりました。
観光客への心配り|あらすじ配布と多言語対応
スマラ・ラティは観光客にとても優しい舞踏団です。英語や日本語で書かれた各演目の解説パンフレットが配布されるため、初めての観客でも物語の流れを理解しながら鑑賞できます。
私が参加した夜には、日本からの旅行者が「こんなにわかりやすい舞台は初めて」と喜んでいました。
公演日時と会場情報
祭礼などによって、中止となったり会場が変更されることもあるため、宿泊先や観光案内所で最新情報を確認すると安心です。
会場に早めに行くことができない場合は、ホテルに予約の相談をしてみてください。ホテルによっては席の確保までしてくれます。
演目は7〜8、このうちガムラン演奏だけのインスツルメンタルが1〜2です。内容は定期的に変わりますが、必ずアノム氏のバリスとアユ氏のタルナ・ジャナが上演され、これだけでも必見と思います。
鑑賞に適した席、持ち物、トイレ
席の選び方|バリ舞踏の世界に深く浸れる最前列
鑑賞するなら、最前列が演者の表情や細かな仕草まで見られるため特に人気です。席は自由席なので良い場所を確保するなら開演の30分〜1時間前に到着すると安心です。
バリ舞踏は、目や手先、足先の張り詰めた鋭い切れや、くるくる変わる顔の表情が見どころですから、前方に座るほど臨場感が増します。ダンサーをみるなら最前列の正面がおすすめです。
ガムラン奏者の手の動きも見応えがあります。奏者の手の動きをみるなら、最前列の端の席です。私は奏者の卓越した技をみるために、あえて舞台横を選ぶことがあります。
私と夫は、良い席を確保するため毎回1時間前には会場に着くようにしていました。次々到着してくる楽団員の談笑が聞こえ、時折、覗き込む近所の子どもたちのはにかむような笑顔をみるのも、開演前の楽しみになっていました。
持ち物とトイレ
以下を持っていくと、ゆったりした気持ちで楽しめます。
公演後の楽しみ|奏者との交流
奏者たちは、公演が終わるとすぐに衣装のまま帰路につきます。お願いすれば一緒に写真を撮ってくれることもあり、私も何度かツーショットをお願いしました。アノム氏に会えることもあり、ファンにはたまらない瞬間です。
ただし、ダンサーは出番が終わるとすぐに帰ってしまうので、終演後に出会えることは稀です。
まとめ|ウブドの旅がもっと豊かに
スマラ・ラティは、伝統的な芸術性と観光客への配慮の両方を大切にしている舞踏団です。レゴンダンスの優雅さやガムランの迫力、美しい衣装、そして出演者の情熱が凝縮された公演は、多くの旅行者から高い評価を得ています。
ウブドを訪れる際には、旅の思い出をより豊かにしてくれる選択肢の一つとして、観劇を検討してみてはいかがでしょうか。
私自身、これまで20回以上観ていますが、同じ演目でも毎回違う感動を与えてくれます。ウブドを訪れるなら、ぜひ一夜をスマラ・ラティの公演に捧げてみてください。観光だけの旅が、心に刻まれる“忘れられない体験”へと変わるはずです。
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