バリ文化・伝統・祭り

ウブド長期滞在で出会ったバリの葬式文化|死を悲しみではなく「旅立ち」として祝う島

ウブドで長期滞在をしていると、日々の暮らしの中に「祈り」が溶け込んでいることに気づきます。朝夕のチャナン(お供え)、祭礼の日のガムランの音、そして、ある日偶然出会った“葬式”――。

日本では葬儀というと静寂と涙に包まれた場面を想像しますが、バリ・ウブドで私が体験した葬式は全く違ったものでした。バリでは笑顔と音楽に満ちていたのです。

それは、私の中の「死」に対する考えを変える出来事でした。

そこでは人々が音楽と祈りに満ちた笑顔で故人を見送り、まるで新たな旅を祝福するように送り出していたのです。初めてその光景を目にしたとき、私は「死とは終わりではなく、再び命が循環する通過点なのだ」と肌で感じました。

バリの葬式とは?

火葬によって魂を天へ返す儀式

バリ・ヒンドゥー教では、人の魂は何度も生まれ変わると信じられています。

肉体はこの世での一時的な“器”にすぎず、火によって浄化され、魂は高みへと導かれる。そのため、葬式は「悲しむ日」ではなく、「新たな命の再生を祝う儀式」とされます。

一般的な葬儀「ガベン (Ngaben)」

バリ・ヒンドゥー教における一般的な葬儀ガベン (Ngaben)は、魂を天へ導くための大切な儀式です。竹細工で作られた塔バデ (Bade)に棺が安置され、村人全員で音楽と祈りを捧げながら火葬場へと運びます。

ガムランのリズム、太鼓の音、そして「生を祝うような笑顔」。それらが一体となり、一瞬たりとも悲しみを感じさせない不思議な高揚感に包まれます。

葬儀はお金も人手もかかるので、亡くなってすぐではなく、準備が整ってから行われます。そのため、遺体は葬儀まで一旦埋葬されます。後述の「ガベン・マサル(合同葬儀)」にいたっては、10年以上埋葬されたままということもあるそうです。

街歩き途中で出会った華麗な葬列

ある日ウブドの通りを歩いていると、どこからともなくガムランの音が聞こえてきました。

近づくにつれて、正装をした人々の列がゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが見えました。手には花やお供え物を持ち、笑顔で語り合いながら進むその姿は、まるで祭りの行列のようでした。

横にいた現地の女性に「お祭り?」と尋ねると、「ガベンよ。」と教えてくれました。華やかで美しく、悲しみよりも生命の循環を感じさせる不思議な雰囲気。

突然現れた葬列に、いつもの日常がふっと遠のいていくような、不思議な時間が流れていきました。

村人総出で支える“合同葬儀”「ガベン・マサル(Ngaben Masal)」

葬儀の準備には多額の費用と人手が必要なため、村単位で複数の故人をまとめて火葬する「ガベン・マサル(合同葬儀)」も行われます。

私が滞在したプンゴセカンの近くの村では、数年に一度、広場いっぱいにバデが並び、村中が祈りと音楽に包まれていました。

「死」を恐れるのではなく、「魂の帰還を喜ぶ」という考えが、島全体に根づいていることを感じました。

王家の葬式「プレボン(Pelebon)」

ウブド中心に位置するプリ・サレン王宮 (Puri Saren Ubud)では、王家の血を引く人々が今も伝統を守って暮らしています。彼らが亡くなったときに行われる特別な葬儀がプレボン (Pelebon)

王族の死は、「神のもとへ帰る祝福の旅」。そのため、プレボンは悲しみではなく、むしろ神聖な“祭礼”として多くの人々によってとり行われます。

そのスケールは一般の葬式に比べものになりません。ウブド全体が祭りの渦に巻き込まれたようです。

私たちが遭遇した「プレボン(Pelebon)」

ウブドに長期滞在していると、様々な祭礼に出会います。ある年は王家の葬式「プレボン (Pelebon)」を準備段階からみることができました。

ある朝、プリ・サレン王宮 (Puri Saren Ubud)近くを散策していると、多くの地元の人々が集まっていました。通りにいた人に聞くと、「プレボン (Pelebon)」の準備をしているということでした。

壮大な準備

「バデ」作り

王宮前の通りでは「バデ」の組み立てが始まっていました。大勢の男性たちが集まり、竹や木材を肩に担いで次々と運び込みます。動きには無駄なく、息を合わせて骨組みを組み上げていく姿は、幾度も重ねて来た経験からとわかります。

「バデ」は故人の魂を天へと運ぶための乗り物で、私たちが見た王家のものは、高さ数十メートルにも及んでいました。

午後には塔の全貌が現れ、金箔を貼る人、布を巻く人、細部を整える人で大賑わい。太陽の光を受けて輝くその姿は、まるで命を持って立ち上がる神聖な存在のようでした。

死は終わりではなく新たな旅立ちとするバリ。その象徴であるバデは、彼らの信仰と誇りが詰まった「天へと続く道」そのもののようでした。

女性たちも、次々と正装姿でお供えの入ったソカシ(竹や柳で編んだカゴ)を持ち寄っていました。

奉納の舞の練習

王宮の前では、子どもたちが舞の練習をしていました。男の子たちは勇ましく構え、女の子たちは指先まで神経を行き届かせながら、優雅に体を動かしています。

どの子もすでにしっかりと型を身につけており、今にも大人たちに代わって舞台に立てそうなほど。その真剣なまなざしからは、日頃から積み重ねてきた練習の成果が伝わってきます。

伝統がこうして次の世代へ受け継がれていく——その光景を前に、バリの文化の息づかいを肌で感じました。

プレボン前夜|神々に捧げる奉納舞踊の夜

王宮中庭で行われる「ワリ舞踊」

前夜、王宮の中庭に静かに灯る蝋燭の光の下で、厳粛な奉納舞踊ワリ舞踊 (Wali Dance)が始まります。これは神々へ捧げられる祈りの踊りであり、観光客向けの公演とは異なります。

静かなガムランの調べが響くなか、舞台に立つのは選ばれた舞踊家たちです。

多くの観光客も取り巻くなか、王族関係者や村の代表者が参列していました。

バリスとレゴン|魂のための踊り

夜が更けるころ、「バリス(Baris)」という勇壮な舞が始まります。男性舞踊家が槍を手に取り、故人の魂を守る戦士のように舞う姿は圧巻です。

続いて登場するのが「レゴン(Legong)」の少女たち。金の王冠を被り、静かに目を伏せ、指先まで神聖な祈りを込めて舞います。まるで魂を天へ導くようなその動きは、舞踊公演で見るものとは違った壮麗さでした。

厳粛な空気の中で繰り広げられる舞、「バリの舞踊は、本来“祈り”である」ことを改めて感じました。

最後に僧侶が祈りを捧げ、ガムランの音が静かに止むと、夜の王宮に深い静寂が訪れます。この奉納舞踊は、翌日の葬儀が滞りなく行われるよう神々へ願う「前夜の祈り」です。

当日|人々の祈りと塔が天へと昇る壮大な行列

 

翌朝、太陽が昇ると同時に数千人ほどにも見える人々が王宮前に集まっていました。お供えを用意して参列に待機する女性や子どもたち、祈りを捧げる男たち。

見たこともない数の、お供えの入ったソカシ(カゴ)に、人々の思いの深さがわかります。

やがて、多くの群衆が集まっているところに現れたのは、白と黒、二頭の神聖な棺ルンブー (Lembu)竹と紙、布で精巧に作られ金色の装飾をまとい、魂を神々のもとへ導く天の馬を象徴です。

その後を、男たちの手によってゆっくりと持ち上げられた巨大なバデが続きます。

棺を乗せた塔が揺れながら進むたび、歓声と祈りが入り混じり、私の隣では、現地の年配の女性が、静かに手を合わせていました。葬列は延々と続いていました。

20メートルを超えるほどの巨大なブルボンのバデ(塔)。その堂々たるバデが通るため、邪魔になる電線は一時的に切断されていました。その影響で周囲のショップは停電となり、しばらく営業を止めていたほどです。最初は驚きましたが、それほどまでにこの儀式が地域にとって重要で神聖なものなのだと、深く納得させられました。

 火葬の瞬間|炎と祈りの交わるとき

火葬場に着くと、塔の上から棺が静かに降ろされ、白い牛をかたどったルンブーの中へと移されました。僧侶の祈りの声が響き、やがて火がともされると、炎がゆっくりと空へ向かって立ちのぼっていきます。

その瞬間、ガムランの音色が再び流れ、参列者の手から花びらが舞い上がりました。炎、祈り、音、香り――それらすべてが溶け合い、空へと昇っていく光景は、ただ静かに見守るしかないほど神聖で、美しいものでした。

バリの人々は、この炎を通して魂が天へと帰ると信じています。そこに涙はありません。代わりに穏やかな微笑みと祈りをもって、静かに別れを告げる――それが、バリの“おくりかた”なのです。

バリの葬式が教えてくれたこと

私はこの葬儀を通して、「死を恐れない強さ」と「祈りとともに生きる美しさ」を感じました。
どんな立場の人でも、最期は自然へと帰り、再び新しい命へと生まれ変わる――。

それは宗教を超えて、人としての「生と死」のあり方を教えてくれるようでした。

そして、ガムランも舞踊も、祈りそのものだということを強く感じました。

滞在中に祭礼に出会うには

ウブド近辺では、各寺院のオダランや葬式が頻繁にあちこちで行われています。長く滞在していると街歩き途中で偶然に遭遇することもありますが、以下で調べることができます。

  • 滞在中のホテル
    ホテルによっては、オダランなどの情報の他、バリ舞踊公演の予約や観光ツアーに応じるところもあります。
  • APA?情報センター(日本語対応)
    現地情報に詳しいワヤンさんが日本語で対応(電話&mail)してくれます。観光ツアーにも応じてくれ、サロンなど必要なものも貸し出し、着付けもしてくれます。

まとめ|炎と祈りに包まれた魂の旅立ち

ウブド王家の葬式「プレボン」、その前夜の奉納舞踊、そして翌日の火葬。それは単なる儀式ではなく、バリの人々が千年の時を超えて受け継いできた魂の哲学の結晶です。

炎に包まれながらも静かに微笑む人々の姿に、私は心の底から「生きる」という意味を考えさせられました。

長期に滞在するからこそ出会える、バリの様々な祈りのかたち。

ウブドを訪れる際、もしこのような儀式の機会に出会えたなら――

どうか一歩離れて、静かに手を合わせてみてください。その瞬間、バリという島が持つ「生と死の美しさ」が、きっと心に届くはずです。

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